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『海の文化と村の文化』 (2000年4月23日) ドクター部 於保 哲外 先生 「第5総県ドクター部・白樺・医療技術部会合同部員会」 厚木平和会館 はじめまして。 数年前の2月、佐渡の見える柏崎にある牧口記念館にセミナーで訪れました。この柏崎は牧口先生がお生まれになったところですね。牧口記念館は牧口先生の生家の近くにありました。 土曜日で午前中が診療だったものですから、午後、新幹線で柏崎に向かい、夜、セミナーをやったんです。 質問会が終わって、夜の10時半ころでした。せっかく来たのだから、牧口先生の生家を見てみたいということで、地元の男子部の人にお願いして、牧口先生がお生まれになった家に行ってみました。 今でも、敷地だけが残っています。間口五間、奥行き九間という区画整理されているんですが、そのあたりは、全部そういう区画の家が並んでいました。すぐそばに荒浜という海岸があるのですが、生家からほんの2、30メートルぐらいのところです。荒い浜と書くように、すごく風がきついところだそうで、私が行ったときも雪は積もっていなかったのですが、下から吹き上げてくるような強い風と雪でした。 その荒浜についてどうしてお話しするかというと、牧口先生のお生まれになった地、また、時というのが非常に不思議なんですね。 この荒浜から日本海に向かって立つと佐渡は右前方に見えます。日蓮大聖人は佐渡に流されますね。流される時、鎌倉街道をずっと北上してきまして、寺泊に着かれました。荒浜からみるとこの寺泊は右手になります。大聖人はそこで何日か風を待たれて、佐渡に渡られました。佐渡に流されて、帰りは2年半後です。今度は柏崎の番神岬(ばんじんみさき)というところに上陸されたそうです。この番神岬は、荒浜から見て、左手になるんです。こうして全体を見渡すと、大聖人は荒浜を中心に半円形を描いて、佐渡に渡り、鎌倉へ帰られたんですね。その半円形のちょうど中央に、牧口先生は生まれたことになるんです。 それが、大聖人が流されてから何年後か、みなさんご存知ですか?ちょうど600年後なんです。牧口先生のご生誕は、竜口の法難から600年後ですが、佐渡流罪と竜口の法難は同じ年ですから。大聖人の佐渡流罪からちょうど600年後に、そして、大聖人が巡って帰られた半円形の中央に生まれられるという不思議な時と場所の一致を感じました。 こういう不思議さの符合というのは「これで終わらないぞ」と勘が働くんです。「何かあるぞ」ということで思索したんです。 そうしましたら、やがて見えてきました。日本の文化に2つの流れがあると言われています。一つは「村の文化」。もう一つは「海の文化」。 この「村の文化」というのは、いわゆる、「長いものには巻かれましょう」。日本では、「世間体を気にする」と言いますね。この世間体を気にするというときの「世間」というのは、実は村なんですね。社会ではないのです。ですから、村を出てどこかに行きますと、「旅の恥はかき捨て」なんです。 日本国中、どこへ行っても、顔見知りの人がいないところは、もう世間ではないんです。したがって、「旅の恥はかき捨て」なんです。そういう意味では規則を守るのは村の中だけでいいんですね。 ですから、第二次世界大戦の時でも中国へ行ってさんざんひどいことをしている。若い女性を暴行したり、小さい子どもを虐殺したり、すでに、村の外に出ていますから、世間にはいないわけですから中国人に対しては何やってもいいという、そういう普遍的な倫理性が働かないのが村の文化の一つの特徴なんですね。 いわゆる、日本人にとっての「パブリック=公」というのは、すなわち、村なんです。村からどう見られるか。 精神医学でも対人恐怖症というのがありますが、この対人恐怖症なんかでも、顔見知りが一番問題になります。見知らぬ人はあまり気にならない。つまり、世間ではないわけです。顔見知りでない人は世間の人ではないですから、恐怖の対象にならないんですね。 日本人の心性の中にこの村意識というのは、現代でも強烈に根づいております。学校や会社も村ですし、仲間内も村になるわけです。我々、日本人はこの村から排除されることを強烈に怖がります。いわゆる仲間外れになることが怖い訳ですが、それはこの「村文化」に生きているからなんです。この仲間外れを怖がる傾向は現代の青少年に強く見られる特徴ですから、現代の若者も村文化の中に生きていることになります。我が国の子供のいじめの問題も淵源はこんなところにあるという印象を持っています。 私の所には精神科の患者さんや、喘息・アレルギー性鼻炎・アトピー性皮膚炎とかのアレルギー性疾患の患者さんが主に来られるんですが、今までに一万人以上の患者さんが来られました。 その患者さんを見ていつも思うんです。みんな、真面目なんです。世間をみると、真面目な人も不真面目な人もいますよね。ところが、私の所に来る患者さんはほとんど不真面目な人はいないですね。みなさん真面目なんです。一万人くらい来れば、不真面目な方がいてもいいと思うんですが、ほとんどいらっしゃらない。 どうして、真面目な人が病気になるんだろうと考えざるを得なくなってきますね。そのあたりのことを、昨年、聖教新聞の心のページ「ふれあい診察室から」というコラムに、「遊びとまじめ」という題で書いたんです。書くに当たって、まず、原点に戻ろうと思いまして、広辞苑を開いて、「真面目」を調べてみました。なんとですね、「真心のこもった顔つき、態度」と書いてあります。ちょっとふつうのイメージと違いません? そのまま書いたら、聖教新聞の担当の方が違和感を懐かれたんですね。もう一度、広辞苑をひきなおしたそうです。すると、私が調べた広辞苑は第3版で古い版だったんですが、今、第5版で新しくなっていて、しかも意味が変わっているんです。「真面目」の意味がここ10年、20年で変わっているんです。こういうことは気がつかないうちに、変わっているものなんですね。 我々が日常的に使っている真面目というのを考えてみると、「周りに合わせる。世間の常識に忠実に随って生きる。日本文化に随って生きる」。こういうのを真面目と考えると思うんです。しかし、この日本文化というのがくせ者ですね。私が見るところ病気の原因になる文化なんです。 すなわち、謙虚、ひかえめ、謙譲の美徳、奥ゆかしく、男は黙って、女は一歩退いて、人に気を使って、人に合わせて、自分が我慢して、でしゃばってはいけない、いい気になってはいけない、調子に乗ってはいけない、天狗になってはいけない等々、とにかく、一言で言うと「自分を殺せ」と言うのが日本文化なんです。 だから、真面目な人ほど自分を殺していますね。したがって、真面目な人は個性がないですね。しかも、消極的です。世の中、一つの組織を動かす人や、会社を引っ張っているような人は、だいたい、ずうずうしい人ですね。そして、図太い人ですよ。それから、常識にとらわれない人が多いですね。しかも、わがままでワンマンの人が多い。 こう考えると、今の世の中、いわゆる、日本文化から見て悪い人が元気なんです。いい人はあまり元気がない。病気になりがちなんです。結局、これを仏法という眼で見ますと、真面目で自分を殺すというのは、妙法の当体を殺しているわけですから、これは謗法になるんですね。妙法の当体である自分自身を輝かしている人は、実は、考えたら、図々しい人なんですね。 そうしてみると、たとえば良い例が某党の代議士。選挙の当選者インタビューなんかで、テレビを見ていると、なんと尊大と言うか、図々しい人が、大きな顔をして出ています。そういう人は元気です。勢いがあるんです。そして不思議に、福運があるんです。 一方、真面目な人は福運がない。よく池田先生が、「ずうずうしく、図太く、たくましくいこう」と、「口八丁、手八丁でいくんだ」とおっしゃいますが、それが正しいんですね。だから、今の世の中、「悪がのさばっている」と言いますが、悪がのさばっていることももちろん問題なんですが、「いい人が自分を殺す」という、間違ったことをしていることのほうが見えにくいだけに、もっと問題なんですね。 だから、これからは、真面目な人が、善い人が、思いやりのある人が、心優しい人が、もっともっと言いたいことをずけずけ言っていく。正義を主張していく。勢いを増していく。そうなっていくと、今のさばっている、自分さえよければいいという人達が、肩身が狭くなっていくでしょう。そうなってこそ、牧口先生のおっしゃる、「人道的競争の時代」ではないかと私は思うんです。 実はこの日本文化、真面目というのが、先ほどから言っている「村の文化」なんです。出すぎた真似をすると村八分になるんです。白黒はっきりさせる人は嫌われるんです。 村の文化の一番良い例が、私は、村山内閣だったんではないかと思うんです。あの村山内閣の時に、阪神大震災が起きました。 その時の政府の対応にみんなが腹を立てました。一番困っている人を何で救わないんだと。それに対して政府は言う。「従来の、慣例通りにしかできないので仕方がありません」「全体としての救済はできますが、個々人としての救済はできません」。本当に無慈悲な政府ということを露にしましたが、実は、村の文化というのは、そういう無慈悲な文化でもあるんです。人間よりも組織を優先するんです。ですから、人間を抑圧していくという文化ですね。こういう文化が日本文化の大勢を成しているんですね。 一方、もう一つの日本文化がある。これを「海の文化」というんです。 野茂投手がアメリカの大リーグに行きました。行く時にちょうど、アメリカでは大リ-グがストライキをしていました。行ったところでどうなるか分からないという情勢でした。また、大リーグに行っても、野茂が通用するのかと非常に危ぶまれた。多くの日本人やマスコミは、こぞって叩きましたね。「なんで行くんだ」と反対しました。 しかし、野茂は淡々と行きました。気がついてみるといつのまにかオールスターに登場していた。そうなると日本のマスコミは手のひらを返したように、アメリカに出かけていきました。そして、野茂に「日本の国民のために頑張る」と言ってもらおうとするんですが、野茂はそう言いませんね。「楽しんで投げてきます」と。しかも彼は、英語がペラペラかと思うと、それほど得意ではないのでしょうね、勝利者インタビューでも通訳がついて話しています。我々はよく心細くないなと思ってしまいます。 この一連の行動を見ていると、どうも野茂は、一般の日本人的感性ではないなと感じていたんです。そうしましたら、調べた人がいました。野茂は大阪の生まれだそうです。しかし、両親は五島列島の出身なんですね。 この五島列島というのは、昔の、室町時代や戦国時代に、朝鮮沿岸や中国沿岸などを荒し回った倭寇の拠点の島の一つだったんですね。今でも、海の男の島なんだそうです。したがって、そういう文化を両親が持っていた。そういう中で育っているんですね。 この「海の文化」というのは非常に自立的ですね。そして、非常に活動的かつ開放的なんです。ですから、戦国時代に東南アジアに日本人町を作ったりしていて、非常に大胆で行動的です。 一方、「村の文化」というのは非常に世間体を気にし、また、保守的で、そして、自分の意見は言わない。表面はにこにこしていても、本音は違う。建前と本音を立てわけるという特徴があるんです。 この二つの文化の流れが日本文化の中にある。あちこちに行ってこの話をしますとおもしろいですね。やっぱり、海側はそういう「海の文化」が強いんです。山側は「村の文化」が強いんですね。ちょうどその両方が一つのゾーンになっているような地域に行くと、そこの幹部が、「なんで同じ創価学会なのにこんなに違うんだ」と言っています。この話をしますとはっきり納得していただけるんですが、日本全国にこの二つの文化の流れがあるんです。 日本のほとんどの宗教・哲学は、この「村の文化」をベースに出来上がっているんですね。しかし、唯一「海の文化」の宗教がある。それが日蓮大聖人の仏法なんです。 日蓮大聖人は、「旃陀羅が子」といって、「漁師の子」なんです。すなわち、海の文化なんです。ですから、身分制度が絶対的な力を持つ時代において、「旃陀羅が子」と自らを宣言された。「旃陀羅」というのは、サンスクリット語で「チャンダーラ」です。すなわち、カースト制度の最下層、「不可触賤民(触れることさえはばかられる賤しい民)の子どもであるということ」を誇りとされたんですね。少々、頭が悪かろうと、スタイルが悪かろうと、人柄が悪かろうと、身分さえ高いところに生まれれば何でもできる時代だったんです。その時代の最下層ですからね。 方や、大聖人が戦った相手は国家権力の最高峰なんです。何の後ろ盾もなく、それと真っ向からぶつかる。これはすごい対比だと私は思うんです。まったく身分とか権力を持たない大聖人と、方や権力の最高峰。ぶつかりあって、大聖人が「わづかの小島の主らが」という言い方をされる。これは村の文化の人からは畏れ多くて言えない言葉ですね。海の文化の大聖人にして初めて言える言葉だったんです。 大聖人の仏法というのは、まさに、「海の文化」の思想です。そういう意味では、非常に自立している。また、活動的で進歩的です。そして、開放的なんです。 ところが、この大聖人の仏法が、大聖人亡き後、お山の宗教になるんですね。村化していくんです。村の文化に毒されていくんです。それが行き着いた先が「法主絶対」。したがって我々が行っても「お目通り叶わぬ身」と。そういう発想になっていくんです。 この階級制が強いというのも「村の文化」の特徴です。昔の村というのは、小作人だと、庄屋さんの土間にはいつくばらなければだめだったんです。門を建っていい家といけない家があるんですね。服装までも身分で決まってしまう。 一方、「海の文化」というのは、だいたい、貧しい家が多くて、差があまりなかったんですね。その「海の文化」の大聖人の仏法も、「村の文化」化したんです。 そして、700年経ちました。牧口先生は荒浜の漁師町の生まれなんですね。「海の文化」の中で育っているんです。ですから、牧口先生は「村の文化」の発想ではないですね。 戸田先生も北海道の漁村の厚田で育ちました。生まれは石川県の、やはり漁師町です。先祖は江戸時代、日本海航路で活躍した北前船の船頭だったそうです。まさに海の男の系譜なんですね。 池田先生も海苔屋の息子さんです。こうして見ると、創価学会の歴代会長は全部「海の文化」なんです。大聖人と非常にストレートにつながっているんです。その間に村化した部分をのぞいて。 非常に興味深いのは、創価大学の宮田教授が、私の先輩ですが、牧口先生の研究をされております。牧口先生が、もし宗門と直接出会ったらおそらく入信しなかっただろうと書いておられました。 牧口先生は、創価教育学の土台になりうる宗教を求めていらっしゃった。自立的かつ論理的である宗教です。創価教育というのは、生徒を温かい心で見る、そして人間の可能性を開く、そういう教育ですからその土台となる宗教を探されたんです。 そして、日蓮正宗に出会うんです。当時、堀米尊師が中野の歓喜寮というお寺ではない、出張所をつくられていたんです。 この堀米尊師は、早稲田大学で哲学を勉強されていて、これからの仏教は、寺仏教ではもう何の貢献もできない。だから、在家の人たちが活躍できる在家仏教、そういう宗教運動を起こしていかなければならないという危機意識で歓喜寮を作られたんです。 その堀米尊師と牧口先生が出会ったものですから、いわゆる在家仏教運動と、牧口先生の創価教育学とが丁度合致したわけです。そこから、人間主義の宗教運動が始まったんです。 しかし、宗門側から見れば、これは、今までの宗門の伝統にはない運動です。したがって、宗門から見れば、最初から、創価学会は「生意気だ」「信徒が大きな顔をするな」というのがあったわけです。 これはまさに「村の文化」と「海の文化」の対立と言っても良いでしょう。狸祭り事件とか今までにいろいろありましたが、全部、淵源はこの元々の文化の違いにあるんですね。 いよいよ、そのことが明確になったのが、現在の宗門問題が起こってからの、今の創価学会と宗門の関係になっているわけなんです。そういう意味では、起こるべくして起こった事と私は思っております。 実は、今まで話してきたことはこれから話したいことの前提なんです。非常に長い前提で申し訳ないんですが、ここで、仏教の原点に戻って自分自身に目を向けてみましょう。 今の自分に点数をつけるとすると、100点満点で何点くらいつけるでしょうかね。ちょっと、考えてみて下さい。 0点から60点の間くらいに大体自分は入るなと思われる方、手をあげて下さい。ありがとうございます。 じゃあ、 61点から99点までの間だと思われる方、手をあげて下さい。この辺がふつう少ないんです。さっきの0点から60点までが非常に多いんです。さすがドクター部は違いますね。 それでは、100点と思う方。お二人。ありがとうございます。このお二人以外は全員信心していないことになるのはおわかりですか? 大聖人の仏法というのは先ほど図々しく、図太く、たくましくとありましたが、自分を100点満点と見る宗教なんですね。これは非常にわかりにくい。 信心。信じる心と書きます。何を信じるか。御本尊ですね。また、法華経でしょう。では、法華経を信じるというのはどういうことなのかと考えてみると、自分自身が妙法の当体であると信じることですね。頭は妙、喉は法、胸は蓮、腹は華、足は経。自分のこの生命が南無妙法蓮華経なんだと、妙法の当体なんだと信じることが信心だと教学で学びましたね?とすると、自分自身を60点ということは、南無妙法蓮華経如来を60点とつけることになってしまいます。 先日、座談会がありました。私、担当で呼ばれまして、地区部長さんが「御書講義をしてほしい」と言うんです。ちょうど、フランスのメンバーが6人交流できていました。南フランスから来られたそうです。 フランスではSGIはセクトだそうです。非合法ではないけれども非合法に近いような扱いを受けている。その中でやっているから、みんな真剣ですね。 「一生成仏抄」を一緒に勉強したんです。たまたま、この「一生成仏抄」というのは、池田先生がフランスに与えられた御書だったんですね。 その中で、「故に妙法と唱へ蓮華と読まん時は我が一念を指して妙法蓮華経と名くるぞと深く信心を発すべきなり」(御書P384)という一節があります。「妙法と唱へ蓮華と読まん時は」、南無妙法蓮華経と唱えるときは、「我が一念」、自分のこの生命を指して、「妙法蓮華経と名くるぞ」、自分の生命の名前を妙法蓮華経と名づけるんだと深く信心をおこしていきなさいと言われているのです。 そこで、「この中で,自分のことを南無妙法蓮華経如来だと信じられる人?」と手をあげてもらったんです。フランスのメンバーは6人全員、「はい」と元気いっぱい手をあげたんですよ。日本のメンバーは40数人中3人でした。実は、学会員も「村の文化」で生きている人が多かったんですね。大聖人の仏法は、創価学会は、「海の文化」の宗教のはずなんですが、いつのまにか「村の文化」の宗教になっているんですね。 難しいところなので、角度を変えてお話ししてみます。以前、やはりこころのページの「ふれあい診察室から」というコラムに「不思議法則」というのを書いたんです。 いろんな人を見ていると、真面目な人、頑張り屋の人、責任感の強い人、また、思いやりのある人、自分のことを顧みず尽くす人、こういう人が不思議に行き詰まっている。 真面目な人が、頑張っているのに不思議に開けない。そこまで人に尽くしている人が、有り難がられるどころか、かえって迷惑がられたり、バカにされたり、ひどい場合は恨まれたりしている。そういう人を見たことありません?真面目な人が意外と開けない。 そうかと思うと、ちゃらんぽらんで、図々しくて、要領よく立ち回っている人が、やることなすこと意外とうまくいく。うまくいくものですから、ますます人に持ち上げられて、ますます、開けていっているという現実がある。 私はいろんな人の人生に出会う場面が多いものですから、よくそういう現象を見るんです。正直者がばかを見て、悪い奴ほどよく太ると。 「なぜなんだろう?」最初のうち分かりませんでした。私はちょうどそういうことを研究できる立場にありまして、その結果、だんだん見えてきたことを、「ふれあい診察室」に書いたんです。最初、抵抗がありました。これはちょっと問題あるから載せてくれるかな。カットされるかなと躊躇したのですが、あえて書きました。おそらくそういうことで悩んでいらっしゃる方があるだろうから、そういう人のためにと思って書いたんです。幸い載せてもらえました。 そうしたら、何件かやはり問い合わせがきました。 「書いてあるとおりです。私は去年まで一生懸命、折伏し、新聞啓蒙し、また、財務も頑張り、全力で戦いました。ところが、病気になって、今は生活保護を受けています。なんで、こんなに頑張っているのにこうなるのか、わからない。そうなると書いてある、そう書いてあるけれども詳しく書いてないから、よくわからない」ということで、問い合わせがきましてね。 さっそく、お返事を書いて、後で喜んでいただきました。実はこういう現象が起きる原因は、その奥に一つの法則があるからなんですね。表面の現象でなく、その奥の法則を「不思議法則」と勝手に名づけたんです。 どういう法則かというと、たとえば、困っている人のため、家族のため、また、学会活動のため、広宣流布のため、世界平和のため、世の中の正義のために、戦う。だけど我慢して、自分を殺して、すなわち、自分を粗末にしてやる人は、福運を失う。したがって、自分を粗末にしているように、人からも粗末にされるようになっていくという法則なんですね。 「私さえ我慢すれば、私さえ耐えていれば、いつかこの苦労が実るときが来る。それまでの辛抱だ」。「陰徳あれば陽報あり」なんだからと。やればやるほどひどくなるんです。これでもかこれでもかというくらい、ひどい目に遭うんです。 つまり、これは陰徳にならないんです。どうしてかというと、妙法の当体を殺しているからなんです。同じ事をやっても自分自身が喜びながら、楽しみながら、自分の命を輝かしながらやることは、これは福運になっていくんです。したがって、自分を大事にしているように、人からも大事にされていく。 ちょうど、今月のSGIグラフ(2000年5月号)の中で奥様のことを池田先生がおっしゃられています。いつも奥様は微笑まれている。「幸せだから微笑むのではない。微笑んでいくことが幸せの因になっていくんだ。幸せだから微笑む、幸せの結果として微笑むんじゃないんだ。どんな大変なときも、そこでにっこり笑っていく、その命に福運が増していくんだ。」という意味の一節がありましたが、まさに、不思議法則です。 たとえば、「折伏すれば開ける」「新聞啓蒙すれば幸せになる」また、「財務に何桁に挑戦すれば幸せになる」。こういうのを餓鬼道と言うわけです。見返りを求めている。したがって、やっても開けなかったら恨みになってしまいます。 菩薩道というのは違うんです。大聖人は「自他共に喜ぶなり」といわれています。有名な徳勝童子の譬えがありますね。 みんながお釈迦様に供養している様子を見て、僕も何か供養したい。でも、何もさしあげるものがないから、土饅頭をこねてさしあげた。その功徳で阿育王に生まれ変わることができたという話しです。 ところで、もし、このとき、徳勝童子が、土饅頭をお釈迦様にさしあげれば、後で功徳がある。それを期待して土饅頭をさしあげる、という取引のような気持ちでやっているとしたら、その心には、福運はつかないでしょう。真心から喜んでしていく。その命に福運がつくんですね。ギブアンドテイクではないんです。いわゆる自己犠牲精神じゃないんです。 一生懸命、自己犠牲精神で頑張っていればいつか功徳が出てくるだろうというのは間違いですね。この不思議法則。自分を輝かせながら生きていく方と、自分が我慢していく方と、池田先生はどっちでしょう?明らかに前者なんですね。喜んでやってらっしゃるからあんな詩が書けるのでしょう。嫌々、苦しみながらでは、あの写真は撮れないでしょう。 (会館の壁にある池田先生が撮られた花畑の写真を指差しながら)池田先生の写真を見てみてください。先生の写真を見ていつも思うんです。あれを見ていると、ちょうど女子部や婦人部が「先生!」って言っているのと同じように感じません?あの花々が。我々が撮るとなかなかああいう感じにならないですね。花がただそこに咲いているって感じになるんです。 しかし、先生の写真には、訴えかけてくるものがある。どうしてだろうと考えました。そしてつくづく思ったんです。法華経というのは「喜ぶ経典」なんですね。池田先生は喜んでいらっしゃる。喜びの生命(いのち)に自然が感応しているんですね。その喜んでいる自然を撮っている。だから、「自然との対話」と名づけられたんですね。 この話をある芸術部の人にしました。すると、その方が以前、先生と会食した時、先生が「みんなにはわからないかもしれないけれど、僕は自然と話ができるんだよ。その対話の写真なんだよ」とおっしゃられたそうです。 この不思議法則。不思議というのは妙。法則は法。すなわち、妙法なんですね。したがって、妙法の当体を粗末にする人は、福運を失うんです。妙法の当体を輝かせる人は、福運を増していくんです。現実にどういう行動をとっているかということは大事です。しかし、自身の本心がどっちで生きているのか。自分の生命を輝かせ、楽しみながら生きる方向なのか。自分を卑下し、追いつめていく方向なのか。その生命の奥底がどちらに向いているかがさらに重要なんですね。 この辺で、もう一回、聞いてみたいんですが、この中で自分のことを100点と思う方? (爆笑)素直な方が多いですね。 私たちは、朝晩勤行します。二座の御観念文は本尊供養です。「一閻浮提総与三大秘法の大御本尊に南無し奉り報恩感謝申し上げます」。この二座の本尊供養のときに、この本尊を自分のことと思ってやっていますか?みなさん「仏壇の中の御本尊」だと思っていませんか? そういう人を指して大聖人は、「若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず」(御書P384)とおっしゃられている。すなわち、法華経じゃないんです。 また別の御書でも、「此の御本尊全く余所に求る事なかれ只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」(御書P1244)。此の御本尊は「胸中の肉団に」、自分の生命に、「おはしますなり」と勉強したはずですが、実際勤行をする時は自分の生命の外に置いていますね。不思議なんです。学んだこととやっていることが違うんです。 どうしてか?実は、日本文化に、さっきの「村の文化」に毒されているからなんです。「村の文化」というのは、実は、「念仏文化」なんです。「念仏文化」というのは、自身の外に絶対の対象を起きます。したがって、御本尊絶対なんです。大聖人絶対なんです。そこで福運のない、境涯の低い、力のない私たちは、偉大な御本尊様におすがりし、その功徳を、その智慧を分けていただこうと。これを「念仏文化」というんですね。御本尊を阿弥陀仏に置き換えたらぴったりするでしょ。「情けない私たちは阿弥陀仏の慈悲におすがりしましょう」という構造です。 法華経は違うんです。そのことを池田先生は「法華経の智慧」で四年半にわたって展開してくださったんです。この「法華経の智慧」の中で、一番、明快にそのことをおっしゃっているのは、見宝塔品の講義のところですね。 「見」=見る。「宝塔」=宝の塔。宝の塔を見る。この宝塔というのは法華経の中で出現するわけですが、この宝の塔は高さ五百由旬、一説によるとヒマラヤの500倍以上の高さなんです。富士山の1000倍以上ですからね。壮大です。しかもそれは、瓦礫の山ではない。宝の塔です。非常に荘厳である。また、壮大である。宇宙規模である。この偉大な宝の塔は、実は我々の生命の偉大さを表している。 すなわち、我々の生命が宇宙規模の、壮大な、また、荘厳な、そして、永遠性をはらんだ存在なんだと実感すること、それを見宝塔と言うんですね。大聖人はこの宝塔品の儀式を借りて御本尊を顕された。したがって御本尊は、我が身を偉大な宝塔と見るための明鏡、明らかな鏡であると明快におっしゃっています。 ところが、我々はそれを勉強しているのに、現実は鏡の方を崇め奉って、鏡に映る自分は情けないと見るんですね。いかに深く念仏に毒されているかです。だから、この不思議法則の、「自分さえ我慢していれば」という方向に行ってしまうんですね。喜べないんです。楽しめないんです。いい時には喜べるけれども、落ち込んだら、とたんに「情けない」って言い出す。 法華経というのは,「最悪の自分が偉大だ」と説く経典です。この法華経と爾前経の差。これを権実相対といいますね。どうして、法華経が優れ、爾前経が劣っているか。教学的には、二乗成仏、悪人成仏、女人成仏が説かれるからですね。すなわち悪人とか女性とか二乗(声聞、縁覚)、この人たちは、大乗経典の説かれた時代、世間から相手にされない存在だったんですね。したがって、大乗経典はその人たちを救わなかった。 ところが,法華経は世間が相手にしない差別された人たちを,実は偉大な存在であると説いたんですね。非常に革命的な思想でした。本当の意味での人間主義でしょう。 さらに、もう一歩突っ込んで、権実相対を生命論的に捉えてみると、二乗、悪人、女人というのは、実は、自分自身の一番落ち込んだ自分なんです。一番情けない自分なんですね。人と比べても劣っていると思わざるを得ない、その惨めな境遇の自分こそ、実は偉大な妙法の当体なんだと信じること。これが法華経を持(たも)つという意味なんですね。 だから、難信難解なんです。元気な自分や、絶好調の自分や、また、人からもてはやされている自分を偉大だと見ることは、まあできる。だけど、困難に立ち往生した自分、大失敗して、また、人からもバカにされて、落ち込んでいる惨めな自分を偉大と見ることは、難信難解(信じ難く、理解し難いこと)でしょう。しかし、そこに立ってこそ法華経なんです。 我々は「慈悲のドクター部たれ」と指針をいただいています。私はこの「慈悲」について、ずっと解ったようで解らなかったんです。「慈しむ」、これはわかる気がする。しかし、「悲しむ」がよく解らない。一緒に悲しむとか、同苦するとか、同情するとか、解ったようでわからない。そんな時に、池田先生のエッセーの中の次のような意味の一節を目にしました。「魂の勝利する時、悲しみは『慈悲』の『悲』となる」。 これを見て、気づいたんです。今までは、「慈悲」を「慈しみ、悲しむ」と読んでいたんです。そう読むからわからなかったんですね。素直に、漢文読みすると返り点がついて、「悲しみを慈しむ」となるんですね。 すなわち、一番落ち込んでいる自分、一番惨めな境遇に苦しんでいる自分、また、一番不安がっている自分をこそ大きな心で包んであげる。温かい目で見守ってあげる。それが「悲しみを慈しむ心」すなわち「慈悲」であると。 最悪の時に、自分をその慈悲の心で包む。そこに魂の勝利の姿がある。その生命で自分を包める人は、もう悲しみは単なる悲しみではない。慈悲の心に包まれたその悲しみは、そのままで、勇気に転ずるであろう。また、絶望は希望へと転じていくだろう。その生き方の中に本当の意味での人間の魂の勝利の生き方がある。 そういう心で自分を包める人は、また、絶望に苦しんでいる人を我が事のように、温かい心で包んであげられるでしょう。でも落ち込んだ自分を、こんな自分は情けないと嫌う人は、そこから立ち直った後で、同じように落ち込んだ人を見ると「かわいそうに」とは思うでしょうが、心の奥底では、「弱い人だな、自分に負けてだらしない人だな」と見るでしょう。 自分を見る目が他の人を見る目なんです。したがって、最悪の自分を慈悲の心で「大好き!」と大きく包みながら、「偉大なんだ」と本当に尊敬できる人は、また、他の人をも尊敬できていくんです。 「御本尊」と言いますが、「本尊」というのは「根本尊敬(こんぽんそんぎょう)」を略した言い方ですね。この根本の「本」と、尊敬の「尊」で「本尊」ですね。 これは池田先生の指導ですが、「何を根本として尊敬するのか。それは自身の生命である」。自分の生命を根本として尊敬する。根本ですから、何かができるから尊敬するのでもなければ、大失敗をしたから尊敬できないのでもないのです。どんな境遇にあろうとも自身の生命の尊敬から出発する。これが御本尊を持(たも)つということです。 これが大聖人の仏法なんですね。この中で自分のことを100点と思う方?(笑い)ありがとうございます。素直な方が多いですね。 まだ、手があがらない方がいるようですから、最後に一つだけ。御書の中に「然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり」(御書P1337)。これは有名な生死一大事血脈抄の一番重要な御文ですね。この中で「久遠実成の釈尊」とは大聖人のことですね。「皆成仏道の法華経」とは御本尊。「我等衆生」というのは自分自身。したがって、大聖人と御本尊と自分自身がまったく差別なしと解りて(信じて)、南無妙法蓮華経と唱え奉るところに生死一大事の血脈があるのです。 したがって、自分のことを60点と見る人は、御本尊のことも60点、大聖人も60点ということになりますね。まったく差別無しですから。こういうのを謗法って言いません?いや、大聖人や御本尊は100点だけど、私は60点だと思う人は、「全く差別無し」と信じません、ということになりますから、こういうのを不信というでしょ。したがって、自分のことを100点と信じない人は、謗法不信の人になるんですね。 この御文の後ろに「謗法不信の者は「即断一切世間仏種」とて仏に成るべき種子を断絶するが故に生死一大事の血脈之無きなり」(御書P1337)。「謗法不信の者は」、自分を100点満点と信じられない人は、「即断一切世間仏種」。すなわち、一切世間の仏に成る種を断つ人だ。「法華不信の者は「其人命終入阿鼻獄」と説かれたれば定めて獄卒迎えに来つて手をや取り候はんずらん」(御書P1337)。したがって、臨終のときには、地獄の獄卒が手を取り迎えに来るでしょう。 「所詮臨終只今にありと解りて信心を致して南無妙法蓮華経と唱うる人を「是人命終為千仏授手令不恐怖不堕悪趣」と説かれて候、悦ばしい哉一仏二仏に非ず百仏二百仏に非ず千仏まで来迎し手を取り給はん事歓喜の感涙押え難し」(御書P1337)。自分を100点満点の仏なんだと信じて喜び、大安心の境地で生きる人は千仏までも来迎し、臨終を支えてくれる。「歓喜の感涙押え難し」。 獄卒が迎えに来る方か、千仏が迎えに来る方か、どちらがいいですか。ここで手が上げられない人はもう二度と上げられないでしょうから、覚悟してください。では最後に聞きたいと思います。半分脅迫ですけどね、私が脅迫しているんじゃないですよ。大聖人の仰せですからね。「自分自身のことを100点満点だと思う方?」(爆笑)。ありがとうございました。 「偉大な仏が今ここに座っていらっしゃる」とまず決めるんです。決めるということは勇気が要るでしょう。これが勇気ある信心です。「偉大な仏なんだ」と心の底から思うこと。これが「南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」ということなんです。「始めて我心(自分の生命が)本来の仏なり(もともと仏なんだ)と知る(信じる、実感する)を即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(御書P788)とおっしゃっているんですね。 この後「偉大な仏様がお歩きになっているんだ」と思いながら帰りましょう。「偉大な仏様が鏡に姿をお映しになって、その生命を讃嘆していらっしゃる」。これが勤行唱題の本来の意味なんです。 たぶん、これを人に言うと、「傲慢だ」と反論にあうでしょう。その時に、また、「村の文化」に戻ってしまっては困るので、お話しておきます。「傲慢」「慢心」の「慢」とは、人と自分を比べて、自分のほうが優れていると見る心です。すなわち、慢心の人はいつも、人と自分を比べて、私のほうが立派だ、私のほうが金持ちだ、私のほうが良く頑張っている、と言って、自分の優位性を確認することによって安心しようとする、この生命の働きを「慢」というのです。 どうして、人と比べて安心したがるか、実はこの生命の奥底に不安があるんです。自分への不信がある。劣等感があるんです。したがって、自分の優位を確認してちょっと安心してもすぐに不安になるから、また、次の人をつかまえて「俺の方がすごい、私の方が立派よ」と、これをいつも続けている人を「慢」というんですね。 すなわち、慢心の心の奥底には、劣等感と自己不信がある。一番良い例が日顕ですね。劣等感の塊なんです。池田先生が世界で大活躍されて帰ってきて、その模様を報告しても、「ご苦労様」の一言が言えない。どうしてか?劣等感があるからです。「俺の方が偉いんだ」と思わないと安心できませんからねぎらい言葉が出てきようがない。 一方、一流といわれる人物は、「実るほど、頭を垂れる、稲穂かな」。一流人物ほど腰が低い。人を尊敬します。そういう人は自分自身に「自信と誇り」を持っている。その「自信や誇り」は人から認められているから持っている「自信や誇り」ではないですね。世間が見向きもしない先駆的なことをやって、やがて、世間がついてきて認めるんです。 すなわち、もともと自分自身に「自信と誇り」を持つ生き方が一流。すなわち、「自分が偉大な仏なんだ」と「100点満点なんだ」と見ることは、一見、慢心に見えるけれども、実は、それは一流の生き方なんです。だけど、これは慢心に似ているから、これを「法華の慢」という。「法華の慢」は正しい。根本が、慢心と正反対ですから正しいんです。 池田先生が、「皆さんが仏です。騙されてはいけませんよ。」と何回もおっしゃいました。だけど師匠の言っていることを信じない人が多い。「本当は違うんだけど、先生は我々を激励するために『皆さんは仏だ』と言っている」と受け取る。師匠の言うことをたとえ激励と言いながらも、本当は信じない。これこそ傲慢ではないでしょうか。 一見、慢心に見えるんです。また、ずうずうしい、図太いというのは人から嫌われるように思うんです。だけど、これで行くと不思議に開けてくる。そういういろんな例を見るにつけ実感するんです。 今、多くの真面目な方が行き詰まっていらっしゃる。その根っこに実は「念仏思想」、「村の文化」があるんです。これからの日本は、この「村の文化」では世界から相手にされなくなってくる。自立的な「海の文化」としての法華思想を、いよいよ世界に宣揚をしていく時代が来た。そういう意味で創価学会がその先頭に立つ時代が来ている。その学会の中が「村の文化」で行っていたのでは困りますね。 そういう意味で、寝る時は、「偉大な仏様がおやすみになる」。朝、目が覚めて、それがどんな心境でも、「偉大な仏様のお目覚めだ」。着替えをする時も、また、トイレに行く時も、顔を洗う時も、また、味噌汁を作る時も、「偉大な仏様がお作りになった味噌汁だ」というように、やることのすべてを楽しみながら、味わいながら、自分自身の生命を讃嘆しながら生きていく。 このことを「朝朝仏と共に起き夕夕仏と共に臥し時時に成道し時時に顕本す」(御書P737)。「朝朝(毎朝毎朝)仏とともに起き、夕夕(毎晩毎晩)仏とともに休む」。一瞬、一瞬、喜びの生命で生きる。そこに本当の意味での法華経を身で読む実践がある。 最後に題目を三唱しますが、「自分の生命を讃嘆する唱題なんだ」という思いで、題目を三唱して終わりたいと思います。 今日は,大変にありがとうございました。 |
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